五家の庄と玉虫(9)
2014/04/08
五家の庄と玉虫(その9・鶴冨姫)
室長
やっとの事で雪が融け、山の中にふきの芽が見えてきた、清経達はこれ程の積雪を見た事が無かった。
久蔵と又八が居なかったら、とてもこの冬を越すことは出来なかったであろう。
十二月に降り出した雪は、そのまま寝雪となり何事も無く冬は過ぎて往った。
京都の街も寒かったが、ここの寒さは尋常な寒さではなかった。
「鈴虫ちゃん寒ウおすなーー」
「ほんに寒ウおすなーー」
チョロチョロ燃える囲炉裏の側で、 玉虫や鈴虫そして今年十五になる夕月達が、今日もきつねやたぬきの皮で男物の上着を繕っていた。

「鈴虫ちゃん あんたまたへたな縫い方してはるなーー夕月ちゃんの方が上手どすえーー」
「余計なお世話どすーーこれで上等どすがな 清経はん何も言いはらしまへん」
たわいの無い会話にも心の余裕が現れていた。
雪の中でも男達は外で働いた、木を切り倒し薪を作り、またある時は久蔵達に教わりながら、イノシシの罠を作り、猟の方法を教わった。
人を射ることは出来ても、俊敏な野生の動物を弓で射ることは、かなりの修練がもとめられた。久茂達若者は冬を越す頃、どうにか一端の猟師並みの腕になった。
人の住んだことの無いこの山中は、動物の宝庫、お陰で十分な食料を確保、飢えることも無く、この冬を過ごせた。
「おーーい、今日は良い獲物はあったか?」 と清経が問うと
玉虫の弟久茂が自慢げに
「今日は大物仕留めました、おおーーい早くもって来い、」

郎党二人が必死に引っ張ってきたのは、大きな角を生やした鹿であった。
若さと言うか、才能が有るのか、久茂はここのとこメキメキと狩りの腕を上げた。
「久茂様にはかないませんですきーー」
と猟師の又八が本音とも言える顔で言った。
「今日は鹿鍋に鹿の刺身、うまかろーのーー」
「これに酒があればのーー いや戯言じゃ」
清経は言った後 後悔した、「源氏の追討軍はまだ諦めてはおるまい・・」自らの気の緩みに気が付き「しまった」と思った。
その頃、大八と小太郎達は、雪の消えた山道を一つ超えまたひとつと超え、一筋の煙が出ていたと思える山あいに出た。
あれが人の住む集落?そこは粗末なかやぶきの小屋が数軒見えるのみであった。
集落に近づくと、険しい山裾に一人二人とくわを振る百姓の姿が現れた。
大八は緊張した。
「者ども油断するな
」と大八は配下の者に静に伝えた。
「ちーと ものを尋ねるがこの辺に武士らしき者が来なかったかや
」
一段高い畑で鍬を振っていた五十がらみの百姓、鍬の柄に両手を当て、何を言ってるかわからぬ風で、大八一行に目を向けた。
大八が再度「たれぞよそから来なかったっぺーー」と栃木弁で聴く
なんせこの時代、標準語と言うものも無く、自らの言葉はそれぞれが標準語の感覚があるから始末が悪い、何だこいつ俺
の言うこと解らんのか

解らないのも無理も無い、800年昔の九州(関西)と関東である、言葉の上では九州と韓国位の違いであったと思える。
「知りもはん、こか昔から地のもんばっかどーー」
「隊長ーー、何か知らんと言うとるみたいだっぺー」
「ワドー ドッカラ キヤシター マコチゲネコチャーーーーー」
「ワッドー チャチャ イタダキヤッドーー 
」
「何か 茶茶とか聞こえたっぺーー」
大八が身振り手振りでok okと言った。
大八一行はその夜久しぶりに飯らしい飯にありついた。
この集落は5~6軒程の集落で、子供まで入れて20人程の住民が居ることも解った。
この集落を椎葉と言う、食料と言えるものは、あわにひえ焼畑による大豆くらいの物で、日々の食料を得るのがやっとのことであった。
数日滞在する内に、集落の人間とは異質の人が混ざっているのも分かって来た。
しかし何かこの地、この人達に溶け込む姿は、すでに源氏に歯向かう姿勢など微塵も感じられず、哀れさのみが漂ってい
た。
春の暖かな日和、土手に座って大八は考えていた。
あれからどれ程の日々が経ったのであろう、我らはいったい何をしに来たのであろう、訳の解らぬ不思議な事故ばかりで既に半数の部下は死んでしまった。
「のう小太郎、平家の武者はどこへ往ったのかのーー」
「ここに居るとも思われませんだっぺーー」小太郎が答えた。
「あーあ帰りたいのーー 帰れないノーー 」

二人は気の抜けたサイダーのように、空を流れる雲を見ていた。
そこに、「ニセドン・ニセドン、マンジュウタモンセ 」
っと へんなアクセントで村の娘とおぼしき者が饅頭を持ってやって来ました、「やや これは有り難い、ほーーこれは
うまそうじゃなーー」
饅頭を手渡すその手の白く綺麗なこと、伏目がちな顔に思わず覗き込む大八、「ややこのような美形がこの山奥に、やや・やややと後は声も出ず・・・・」
さもありなん、年の頃は玉ちゃんと同じ、当年とって十八の都育ち、いくら逃避行の末百姓のなりをした所で生来の美しさはいかんとも消し難く、フマキラーをかけられた蚊の如く、大八は一瞬の内に使命を忘れて鶴冨の虜になったのであ
ります。
こーなっては平家追討のことも何もありません、あれは何という家の娘か、名前は・亭主は居るか、家がわかるや用も無いのに家の周りをうろうろうろうろ。完全に鶴冨姫のストーカーとなってしまったのであります。
「大八様またこちらでしたか、そろそろ他を探しましょうか」
「いやいや まあも少しこの辺を探そう」と言ってこの椎葉の集落から動こうと致しません。
小太郎は父・与一の命もあり、いくらかでも成果が挙げられなければ帰ることも叶わず、困り果てました
「叔父上わし等だけでも別に探索に行きますぞ」
小太郎が大八に言うと「おーーそうしてくれ、その方達もいっしょになーー」と全くここを動く気配もありません。
郎党達も「大将ここのとこ何かおかしくなったっぺーー」と異変を感じておりました。
その後かの大八さん、鶴冨さんが畑に行けば畑に付いて行き、川に行けば川に付いて行き、耕運機の後ろで゛付いて回るサギのように付いて廻ったのであります。
鶴冨さんも源氏の大将を邪険にも出来す゛、「相手は追討の大将ぞ」親からも言われ、困り果ててしまったのであります。
今日も今日とて大八から「庭の山椒の木のとこでまってるから、すずが鳴ったら遭ってくれるかなーー」
などとナンパされたのでした。
これが後世に唄われることとなった、民謡「ひえつき節」なのであります。


庭の 山椒の木-ーー
鳴る すーず うーーかけてよーーほい
すずの 鳴るときゃ あーーー 出てよーーおおほい
おーーおーーお じゃれよーー

おまや 平家のーー
公達 いい流れよーーおーーほい
おどみゃ 追討おおーの おおーー那須のおーーお
おーーおーーおーーお 末よーーー
大将の大八が鶴冨姫の色香に迷っている頃、クソ真面目な甥の小太郎はさらに奥山のばんさん越えに到る、
「こんなとこに人が住むとも思えぬがまあ行って見るか」
にがこうべ谷を下ること半日、何やら人の気配
「おや
これは人が切り倒した跡じゃなかっぺーー」と清経達が切り倒した木の株跡を見つけた。
そろりそろりと山を下っていく、そこにはまぎれもなく人が居た。
玉虫と久茂達はそうとも知らず、小屋の横の畑を無心に耕していたのであります。
(続く)
室長
やっとの事で雪が融け、山の中にふきの芽が見えてきた、清経達はこれ程の積雪を見た事が無かった。
久蔵と又八が居なかったら、とてもこの冬を越すことは出来なかったであろう。
十二月に降り出した雪は、そのまま寝雪となり何事も無く冬は過ぎて往った。
京都の街も寒かったが、ここの寒さは尋常な寒さではなかった。


チョロチョロ燃える囲炉裏の側で、 玉虫や鈴虫そして今年十五になる夕月達が、今日もきつねやたぬきの皮で男物の上着を繕っていた。



たわいの無い会話にも心の余裕が現れていた。
雪の中でも男達は外で働いた、木を切り倒し薪を作り、またある時は久蔵達に教わりながら、イノシシの罠を作り、猟の方法を教わった。
人を射ることは出来ても、俊敏な野生の動物を弓で射ることは、かなりの修練がもとめられた。久茂達若者は冬を越す頃、どうにか一端の猟師並みの腕になった。
人の住んだことの無いこの山中は、動物の宝庫、お陰で十分な食料を確保、飢えることも無く、この冬を過ごせた。

玉虫の弟久茂が自慢げに


郎党二人が必死に引っ張ってきたのは、大きな角を生やした鹿であった。
若さと言うか、才能が有るのか、久茂はここのとこメキメキと狩りの腕を上げた。

と猟師の又八が本音とも言える顔で言った。
「今日は鹿鍋に鹿の刺身、うまかろーのーー」
「これに酒があればのーー いや戯言じゃ」
清経は言った後 後悔した、「源氏の追討軍はまだ諦めてはおるまい・・」自らの気の緩みに気が付き「しまった」と思った。
その頃、大八と小太郎達は、雪の消えた山道を一つ超えまたひとつと超え、一筋の煙が出ていたと思える山あいに出た。
あれが人の住む集落?そこは粗末なかやぶきの小屋が数軒見えるのみであった。
集落に近づくと、険しい山裾に一人二人とくわを振る百姓の姿が現れた。
大八は緊張した。




一段高い畑で鍬を振っていた五十がらみの百姓、鍬の柄に両手を当て、何を言ってるかわからぬ風で、大八一行に目を向けた。
大八が再度「たれぞよそから来なかったっぺーー」と栃木弁で聴く
なんせこの時代、標準語と言うものも無く、自らの言葉はそれぞれが標準語の感覚があるから始末が悪い、何だこいつ俺
の言うこと解らんのか


解らないのも無理も無い、800年昔の九州(関西)と関東である、言葉の上では九州と韓国位の違いであったと思える。







大八が身振り手振りでok okと言った。
大八一行はその夜久しぶりに飯らしい飯にありついた。
この集落は5~6軒程の集落で、子供まで入れて20人程の住民が居ることも解った。
この集落を椎葉と言う、食料と言えるものは、あわにひえ焼畑による大豆くらいの物で、日々の食料を得るのがやっとのことであった。
数日滞在する内に、集落の人間とは異質の人が混ざっているのも分かって来た。
しかし何かこの地、この人達に溶け込む姿は、すでに源氏に歯向かう姿勢など微塵も感じられず、哀れさのみが漂ってい
た。
春の暖かな日和、土手に座って大八は考えていた。
あれからどれ程の日々が経ったのであろう、我らはいったい何をしに来たのであろう、訳の解らぬ不思議な事故ばかりで既に半数の部下は死んでしまった。






そこに、「ニセドン・ニセドン、マンジュウタモンセ 」
っと へんなアクセントで村の娘とおぼしき者が饅頭を持ってやって来ました、「やや これは有り難い、ほーーこれは
うまそうじゃなーー」
饅頭を手渡すその手の白く綺麗なこと、伏目がちな顔に思わず覗き込む大八、「ややこのような美形がこの山奥に、やや・やややと後は声も出ず・・・・」
さもありなん、年の頃は玉ちゃんと同じ、当年とって十八の都育ち、いくら逃避行の末百姓のなりをした所で生来の美しさはいかんとも消し難く、フマキラーをかけられた蚊の如く、大八は一瞬の内に使命を忘れて鶴冨の虜になったのであ
ります。
こーなっては平家追討のことも何もありません、あれは何という家の娘か、名前は・亭主は居るか、家がわかるや用も無いのに家の周りをうろうろうろうろ。完全に鶴冨姫のストーカーとなってしまったのであります。


小太郎は父・与一の命もあり、いくらかでも成果が挙げられなければ帰ることも叶わず、困り果てました

小太郎が大八に言うと「おーーそうしてくれ、その方達もいっしょになーー」と全くここを動く気配もありません。
郎党達も「大将ここのとこ何かおかしくなったっぺーー」と異変を感じておりました。
その後かの大八さん、鶴冨さんが畑に行けば畑に付いて行き、川に行けば川に付いて行き、耕運機の後ろで゛付いて回るサギのように付いて廻ったのであります。
鶴冨さんも源氏の大将を邪険にも出来す゛、「相手は追討の大将ぞ」親からも言われ、困り果ててしまったのであります。
今日も今日とて大八から「庭の山椒の木のとこでまってるから、すずが鳴ったら遭ってくれるかなーー」
などとナンパされたのでした。
これが後世に唄われることとなった、民謡「ひえつき節」なのであります。



鳴る すーず うーーかけてよーーほい
すずの 鳴るときゃ あーーー 出てよーーおおほい
おーーおーーお じゃれよーー


公達 いい流れよーーおーーほい
おどみゃ 追討おおーの おおーー那須のおーーお
おーーおーーおーーお 末よーーー
大将の大八が鶴冨姫の色香に迷っている頃、クソ真面目な甥の小太郎はさらに奥山のばんさん越えに到る、

にがこうべ谷を下ること半日、何やら人の気配
「おや

そろりそろりと山を下っていく、そこにはまぎれもなく人が居た。
玉虫と久茂達はそうとも知らず、小屋の横の畑を無心に耕していたのであります。
(続く)
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