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小説 島原の子守唄 (第 三 話)

2012/07/02
小説  島原の子守唄 (第 三 話)

                                             室長

「台風」
十月始め

夕方から風も無いのにはしけが大きく揺れ始めた。
人間には五感があり、女人夫達は誰もが異変を感じていた。

夜の明ける前からゴォーと不気味な音に雨が混じり始めた。
外国船との荷揚げ契約は厳しく、今日三日が期限であった。

権造は朝早くから岸壁に来ていた「よかか期限は今日までじゃ、何としても積み
込め」っと監督頭の達を叱咤した。

石炭船とはしけは麻のロープで繋がれているが、ギシギシと激しく音をたて上下
に動いている。

はしけに乗っているはしごもそれに連れ揺れていた。
「あんた達、気をつけて歩くんだよ」っとお芳が注意した。

昼を過ぎると、風は更に強くなり叩きつけるような雨が混じる。
石炭カゴを背に、揺れるはしけを歩く女人夫達は誰もが必死であった。

一瞬、ブーンとうなりをたてた強風が、雨とともにはしけに吹きつけた。
はしけが傾く、はしけがドーン蒸気船にの船腹に当った。

二間幅のはしけを歩いていた前方の二人が、その衝撃で海に落ちた。
背中の石炭とともに声も無く二人が海に消えた、後ろのおみつが「ああっ」

と叫んだ。
近くに居た人夫たちは「カヨちゃん・キヌゃん」と必死に叫んだがその声

さえも風の音にかき消された。
監督頭の達は経験からか「もうよか、早よ運べ」っと作業を始めさせた。

その後、カヨとキヌの遺体はついに揚がらなかった。


「島原素麺」


明日が元日と言う日、ケチな権造が女人夫達に五円づつくれた。
今で言えばボーナスである。

口之津の港は外国船の出入りが更に増え、権造の仕事は大繁盛で、ますます
人夫を増やし今では三百人を優に超えていた。

もともと遊びの好きな権造ではあったが、金の使い道に困るほどで、口之津
一の料亭に名だたる芸子を上げては一晩に二十円・三十円と豪遊した。

「あんたら、今日は美味しいもん食べさせてやるよ、ついておいで」と親分
肌のお芳がおこま達に言った。

自分で物を買ったり、まして食堂で食べるなど生まれてこの方した事が無い、
おこま達はとまどった顔した。

「いいからついてきな」とまたお芳が言った。
二人は言われるままお芳の後について行った。

本当にこの街は賑やかであった。
道路の脇にはガス灯があり、店店の灯りはびっくりするほど明るかった。

ここに来て四ヶ月程になるが、街中に出たのは初めてであった。
一軒の食堂に入って行くと、中はほとんどが男客で焼酎を飲んでいた、

おこま達は珍しそうな視線を浴びたが、お芳は無視していた。
壁に品書きが貼ってあり、酒の他、うどん・素麺汁・親子丼・焼き魚・

テンプラ等書いてあった。
「何にする、ここは素麺汁がうまかよ、いいかい」とお芳が言った。

二人がうなずくと、「すみませーん、素麺汁三杯」と注文した。
炭舎に入って以来、先輩のお芳は何くれと無くおこま達の面倒を見てくれた。

「あんた等何年の年期で来たと」
「一年」とおこまが答えると

「エッたったの一年」とお芳がびっくりした顔で言った。
お芳は既に3年が過ぎ四年目である。

「あたしゃ五年だよ、でも年期明けても、も少しここで稼いで、帰ったら
こんな食堂でも開こうと思ってね」と答えた。

作業着に石炭カゴのお芳も板についているが、すすの付いてない顔した普段着
のお芳は、色白で整った顔つきをしており、この食堂でも眼を引く存在であった。

二十四になるお芳は金になる仕事があると聞き、筑前の国博多から来ていた。
「ハーイ素麺汁三杯...」と同世代の娘が素麺を運んできた。

見ると透明感のある汁の中に細い麺が泳ぐように束になって浮いている、その
上に薄く切ったカマボコが二枚乗っていた。

「ホラ食べな 」お芳が言った。
ニ人はドンブリから素麺を口に入れた「美味しい...」顔を見合わせ同じこと

を言った。
貧乏も極まる家ではこのような美味しい物は食べたことが無かった。家で食

べるダンゴ汁とは全く違った。
島原の素麺の歴史は古く、島原の乱においては根こそぎキリシタン住民は殺

された。
住民の居なくなった跡地には、幕府の命により讃岐の小豆島の住民が移住さ

せられた。

島原の素麺の製法は、この小豆島の住民により伝えられたものである。

おこまは生涯この素麺汁の味が忘れられず、後年イギリスに渡った後も自分
なりに工夫して、この素麺汁を作った。



「帰郷」

明けて明治十五年

一年の年期は終わり、おこま達は帰る日を迎えた。
一年前ここに来た時の不安は消え、二人は朝からうきうきした、権造は二人を

呼ぶと「よかか、働くときゃまたここに来るとぞ」と言って二人に五円づつく
れた。

権造も馴れてくると妙に温かみのある男で、始めて逢った時の印象とは違った。
道案内の居ない帰りは多少の不安はあったが、不安よりむしろ早く帰りたかった。

「よかか、この道を海岸沿いに行くと小浜に出る、そのまままっすぐ行きゃあ
愛野じゃ、峠を越えて今度は左に曲がれーーーー」と事細かく教えてくれる。

諫早では見覚えのあるお寺の軒下に泊まった、何せ宿に泊まることさえ知らな
かった。

二日目の夕方鳴子の峠を越えた、二人とも足は軽かった。
なぜかドキドキしながら、茶色に変色した重たい戸口をヅヅッと開けた、

気付いたおさよが「姉ちゃん」と大きな声で叫び抱きついてきた。
お美奈と鼻をたらした潤や悠次も抱きついてきた。

おこまは嬉しかった、妹・弟達が可愛かった。
母親のおときがニコニコしながらかまどのとこから出てきた。

「ほら土産じゃ」
おこまは口之津でもらった小遣いで買ったコンペイトウを、風呂敷から出すと、

おさよの口に入れてやった。
姉ちゃん、オレもオレもと汚い顔した潤がせがむ、「ホラ順番じゃ」と一人一

人、口に入れてやった。
家の中は久々に明るい声が響いた。

六兵衛は何も言わず、例の囲炉裏の傍で見ていた。
おこまたちが帰ったことはすぐ部落中に知れ渡っていた。

「母ちゃん、俺これからなんばしたら良かかな」
働くことが染み付いたおこまは、少しの暇も落ち着かず、母親と家の畑に出た。

「そうじゃなー、庄屋さん、おこま帰ったらまた来てくれ言うとったが、行く
かえ?」とおときが言った。

「うん、行く家では金ならんけん」と答えた。
おこまは帰ったらまた庄屋のとこへ行きたいと考えていた。

母親のおときは少し苦しそうにしていた、また腹が大きくなっていた。
「いつ生まれるんな」とおこまが聞くと

「十二月くらいやろ」と人事のように返事した。


「コンペイトウ」


翌日、庄屋の家の薄暗い土間に入って行くと、与助が二本の鎌を研いでいた。
おこまが来ることは既に知らされていた。

「お久しぶりです、またお世話になりますけん」と挨拶した。
与助が「うんまたな..」と短い返事をした。

入り口の明るい光線を背にしたおこまの顔は良く見えなかった、随分体が大き
くなった感じがした。

女の十五歳は成長期も最終段階で、一年前のおこまではなかった。
「そんじゃ畦刈行くか」っと与助が立ち上がった。

外に出て見るおこまは一年前とは違い、背は高くなり、見違えるほど女らしく
なっていた。

与助は内心「綺麗になった」と思ったが、「おこま大きくなったなー」と言
った。

「今日はどこの草刈 ?」
「うん、今日は杉の下の畦の草刈じゃ」

誰も居ない田の近くに来た時、「与助さん、これ」と言って隠し持って来た袋
を胸から出し、渡した。

与助は始めて見る星の形したコンペイトウを珍しげに見ながら、「なんやこれ」
と言った。

おこまが紙袋から一つ出して与助の手に渡した。
「食べてみて...」

口に入れた与助が「ウワーうま...」「こんなうまかもんどこにあるとか」と
大声を出した。

おこまはさも嬉しそうに「もっとうまかもんあるんよ、口之津には」と言った。
「ああー俺もいきたかー」

「与助さん田んぼあるけん行かれんでしょー」
与助は黙ってしまった。

庄屋の息子とはいえ、次男は冷や飯食で、家の為長男夫婦の為と、小作人扱い
で自分の意思など通らなかった。

畦の草刈も中途な立ち仕事で、結構きつかった。
与助はおこまが使った鎌を時々研いでやった。

「口之津はよかとこか? 」
「うん珍しかもんいっぱいある、素麺汁がおいしかった」

「ああ、俺も一度行ってみたか」
与助はおこまの話しにますます想像を膨らませた。

なにせ、与助の見た世界と言えば、この段々畑からみる畦刈の村くらいのもので、
外の世界とは縁がなかった。

「おこま、飯にするか? 」草刈するおこまに声をかけた。
二人は土手に腰掛、下の村と海を見ながら麦だらけの握り飯を食べた。

おこまにとってはこの時程幸福な時間は無かった。
与助は「仕事はきつかったか、どんな事するか等々」やたら口之津でのことを

聞いてきた。
「何、金色の髪をした人間、なんやその自転車ゆうのーーー」

話しは尽きず楽しい時は過ぎた。
よほど村の外の事が知りたいのであろう。

「でも、やっぱりここがよか」とおこまは言った。
「つまらんとこじゃ、ここは何もなか」与助はほんとにつまらんといった顔を

した。
おこまは嬉々として庄屋の奉公に通った。しかしこの奉公も長くは続かなかっ
た。

稲刈りも終わる頃、一人の男が鳴子峠を下って来た。
おこまには見覚えがあった。

何やら不吉な予感はしたが、雨模様に稲刈りを急いだ。
庄屋の家で遅い食事をよばれると「そんじゃまた明日」と言って家路についた。



                                        つづく






















































































































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16:20 個人 | コメント(1) | トラックバック(0)
コメント
読みましたよ。
小説をつづけて書いてください。
つづくを楽しみ待てます。美奈さんの名前を見てびっくりしましたわ。

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