05月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫07月

スポンサーサイト

--/--/--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- スポンサー広告

今興味がある物

2012/06/26
  今、気になっている食材が二つあります。
一つは、「干しえのき」 もう一つが「えのき氷」
まあ、二つとも木の子なんですが 健康志向の私にはずっとずっと気になってた
物なんです・・・でも「えのき氷」は作るのに煮込んだり時間とガス代がかかりそうだし、
なんたって我が家の冷凍庫は狭く製氷機も一つしかないので断念・・・

干しえのき

を作ろうとさっき決意しました
作り方は簡単えのきを干せばいいのです
注意は干してる時に虫が来ないようにと猫犬に持っていかれないようにしなければ
ザルも大きいのがないのでネットに入れて靴下のように干してみます(これで動物にも狙われずきっと
効果は何なのかというと痩せるらしい
最近体重が
て感じなので、せっせっと干して料理に入れて頑張って痩せるぞ

早速、えのきを買って来なければ

Iやまさん
スポンサーサイト
15:05 個人 | コメント(0) | トラックバック(0)

小説 島原の子守唄(ニ話)

2012/06/25
小説 島原の子守唄 ( 第 ニ 話 )

                                             室長
明治十五年 夏


「口之津」

おこまもおみつも村から外へ出るのは生まれて初めてのことであった。
「まったく こげん遅そうなってしもうた」

久助はブツブツ不満げに独り言を吐いた。
宿に泊まると思いきや、行きつけの木賃宿であろうか、裏口からいくばくかの金を払い握り飯をもらって来

た。
どうやら今夜はこのお寺の軒先に泊まるらしい。

「ほら 喰え」っと、おこま達に握り飯を渡し、自分はタクワンで焼酎を飲みながら二人前の握り飯をたいらげた。

昼間の疲れからか、おこま達も握り飯を食べ終わると、あっと言う間に眠りに落ちた。
翌日、愛野の峠゛を下り、島原街道を南へ小浜を経て、夕方口之津に着いた。



IMG_3010_convert_20120625163450.jpg
口之津歴史民族資料館より転写


明治十一年、島原の南端に長崎税関口之津支庁が開設された。
当時、海の玄関と言えば、横浜か長崎と言うのが一般的であった。

しかし開国以来西欧諸国が求めたのは、船の燃料となる石炭であった。帆船より蒸気船になった今、石炭の確保は水や食料と同じく至上の命題である。


明治政府は外国の要望に応える形で、石炭鉱脈の発掘と生産を奨励した。
大牟田には有望な石炭の鉱脈があり、これを三井物産が採掘した。

採掘された石炭は、20トン足らずの木造船で三池港より有明の海を横切り、口之津へと運ばれた。
当時外洋を航行する外国船は、すでに二千トン・三千トンで水深の浅い三池港には入港出来なかったのであ

る。
外洋に面し、水深も深い口之津の港は天然の良港であった。

当時、十隻以上の外国船が常時停泊する港は日本のどこを見ても無かったのである。
口之津の街は久助が言ったとおり、とてつもなく賑やかであった。

始めて見る洋服屋・南蛮菓子の店・自転車屋・赤い建て屋の連なる遊郭、おこまとおみつはポカンと目を見

開き足を止めた。
「コラ早よ来んかーー」と後ろを向いて久助が怒鳴った。

IMG_3009_convert_20120625163317.jpg
口之津民族資料館より転写


「炭舎」


権造は口之津でも一・ニを争う沖仲師で、常時二百人もの荷役人夫を抱えていた。
「旦那、今日は上等を二本連れて参りました」

脂ぎった五十がらみのづんぐりした体つきの権造は奥の椅子に座ったまま、ギロリと久助を見ると、そのままうしろに立っているおこまとおみつに視線を移した。

村で見たどの年寄りとも違ったタイプの権造に、おこま達は体をこわばらせた。
何も言わずにつかつかと近寄ると、いきなり両手でおこまの肩をつかみ、次に胸をつかみ、更に腰と尻をポ

ンポンと叩いた。
おこまにとってそれは初めてのことであり、言い様の無い恥ずかしさであった。

おこまはこきざみに体がふるえ、母からもらった十字架を握り締めた。
「大丈夫かのう、こりゃあ骨ばかりじゃがーーー」

少し考える振りした権造「二本で百円じゃ」
「旦那、もう親達には三百円も払ってますか゛ーー、も少しきばってくれんですか?」

「バカタレ、この前も一ヶ月でくたばりおって、こっちは大損じゃ、埋め合わせはしてもらうぞ」
毛頭、権造も久助も正直な話ではない。

本当のところ、おこまもおみつの親も三十円をもらったのみであった。
問答無用とばかりに、「おーい、お梶、この二人炭舎に連れて行け」と怒鳴った。

事務所の奥から出てきたのは、権造とは反対に痩せて顔色の悪いお上のお梶であった。
先に立ったお梶は、港に近い長屋風の炭舎に連れて行き

「今日からここがお前達の家だよ」右側の蚕棚のような上下二段を指差した。
「今日はいいが明日から仕事だよ、夜は皆と一緒、明日は六時、朝飯遅れるんじゃないよ」と言って出て行

った。
二段の蚕棚は両脇に十列、都合四十人が住む、何の仕切りも無く畳み一枚づつ、ただ眠るだけの粗末な建物

である。
救いは建ったばかりでまだ新しく木の香りがしていたことである。

不安な気持ちで二人は膝を並べ、下の棚に腰掛けた。
日の暮れる頃、外からドヤドヤと荷役を終えた人夫達が帰ってきた。

顔は男か女かも判らぬほど煤で真っ黒である。体つきや声からして同年代の女達であった。
「オヤ、新入りさんかい、名前はーー」

この舎の親分であろうか、年増の女が手ぬぐいで顔をふきふき聞いた。
あわてて立ち上がり「はい、おこまです、おみつです」と返事した。

「これに名前書いて下げときな」
人生の岐路というものに何が関わってくるのか、後年おこまの人生が変わった一つの理由として字が読め、

書けた事であろう。
当時口減らしに出される少女が 「字」など書けようはずも無かっつた。

おこまは子守のかたわら与助からいろはを習った、簡単な漢字も教えてくれた。
「ーーあっそうか書いてやるよ」とおよしが言ったが、おこまが「自分で書きます」と言った。

およしは「ヘエー」とびっくりした顔した。
おこまはおみつの名前も書き、棚の端にぶら下げた。

おこまは、体は疲れているのに眠れず、夜の明ける前から目を覚ましていた。「カラン・カラン」と入り口のカネが鳴る。

蚕棚の女人夫達は一斉に寝床から起きるや、作業着を着て別棟の食堂に走った。
「おみっちゃん起きてる」下の棚を覗くと、おこまより神経の図太いおみつは目をこすっていた。

「ホラ、早くしな、そうだその着物ででいいよ、」二人とも村で着ていた野良衣を着た。
女親分のおよしは荒っぽい言葉の割りには親切で、何くれとなく面倒を見てくれた。

「これに飯盛って、ほらタクワン、ほら味噌汁」とついでくれた。
飯と言っても麦が殆どで、口に入れるとぶわぶわと歯ごたえが無かった。しかし村ではこれさえも口に出来

ず大鍋のダイコン汁が殆どであった。


「荷役」

飯を食べ終わると、「新人、ほらこの肩当してこれを担ぐんだ」とおよしが倉庫から肩当と石炭カゴを出してくれた。

石炭カゴを背に急ぎ足で岸壁に並ぶ、一・二・三棟はワトソン、四号・五号棟はビクトリー、そこには既に
小船が待っていた。

沖のはしけに着くと、夕べ三池港から着いた船に5人ほどの男がスコップを持って待っていた。
「早く並ばんか」石炭船の男達から怒声が飛ぶ。

女人夫達はカゴを船に向けて並んだ、船の男達がスコップで下の女人夫のカゴに石炭を入れる。
「ヨーシ」と言う男の声ではしけの上を伝い歩き目の前の外国船に向かう。

今日は波も無く、はしけの揺れは無かった。
しけの時は、はしけが上下に揺れ、うまく石炭がカゴに入らず頭から石炭をかぶる時があった。

「あんたら、今日は静かで良かったねー」
「私のする通りにするんだよ」

おこま達はおよしがするように横に並んで立った。
背中のカゴがズシンズシンと石炭で重くなる。

稲や赤子を担ぎ、重いものに耐えてきたおこまではあったが、この石炭の重さは尋常では無かった。
外国船の前に着くと、それはそれははるかに大きく高い船であった。

船べりにかかった竹のはしごは、優に五間の高さは有り、カゴを担いでこれを登る、と考えただけでもそら
恐ろしくなる。

「いいかい、登るときは絶対上を向いては駄目じゃけん、目の前の足掛けを見て登るんだよ」
自分が上を見るとカゴの石炭がこぼれて、下を登って来る人夫に落ちかかるのである。

一段、二段と目の前の足掛けを掴み登って行く、やっと登り終えると今度は船の船倉に向かっておじぎす
る、すると背中の石炭が船倉に落ちていくのである。

船倉の手前に手すりがあるとは言え、初めて下に見る船倉は化け物の口の如く、途方も無く暗く大きかっ
た。

おこまは恐ろしさに巧く下を向くこと出来ず、背中の炭は落ちなかった。
「もっと下を向くんじゃ、もっともっとーー」

船上の男人夫が横から怒鳴り散らした。
炭を投げ入れると、別のはしごを伝いはしけに降り、小船に戻る、また石炭を入れてはしごを登る。

女人夫達はベルトコンベアの代わりに延々とこれを繰り返した。
一日これを繰り返したおこまとおみよ、手はこわばり足はガクガク、声さえ出なかった。

「良く頑張ったね」およしが声をかけた。
「夕方までもったんだから明日も大丈夫やろ」

やせのおこまを見て以外に思ったらしく、褒めるでもなく励ましてくれた。
おみつは漁師の娘で、もともと船上での不安定な仕事は慣れていた、ただ荷の重さとあのハシゴと地獄の口

のような船倉はやはり怖かった。
仕事を終え炭舎に帰ると、およしが炭舎の横にある風呂に連れて行ってくれた。

風呂の中はキャーキャー・ギャーギャー、あれ程の重労働の後にもかかわらず、女達が大騒していた。
おこまとおみつはお互いの顔を見てクスクス笑い出した、炭をまぶしたような顔はお互いおかしかった。

肩から湯をかけると「ヒー」と叫んだ。
肩は真っ赤に腫れ、皮が剥けかかっていた。

「ほら新米、これ塗っときな」およしは承知とばかり、塗り薬をくれた。
翌日またカゴを担ぎ、炭を運んだ、腫れた肩に炭の重さが食い込む。つかの間の休憩に「みっちゃん

大丈夫」とおみつを心配した。
家庭環境の良い中で育った訳ではなかったが、人を思いやる心の優しさはどこから育まれるのか、この優し

さは生涯おこまの人生を左右した。
人間の体と言うものは不思議なもので必要な所に必要な筋肉が着き、梯子を握る指も強くなり、足の裏は猿

の足の如く、梯子を掴める感じになった。
一月もすると肩の皮の厚さも厚くなったのであろうか、それ程痛みを感ずる事がなくなった。

                                             つづく









































17:38 個人 | コメント(0) | トラックバック(0)

島原の子守唄

2012/06/25
小説  島原の子守唄    
                                            (室長)

「帰郷」

明治三十五年早春

長崎より時津街道を北へ四里、ここは鳴子の峠、西に広がる東シナ海に沈まんとする夕日が黄金をばら撒いたように海を染める。

「ちょっ停めて下され」

車から降りたこの婦人、年の頃は三十半ばであろうか、先程からまばゆい夕日を右手で遮りながら、眼下の部落を必死で見つめている。

一言の言葉を発するでもなくすでに四半時、ほほを伝わる涙も拭かず、ぐぐっと嗚咽を噛み殺したまま目を泳がせている。

逢いたい、逢いたい、会って自分の半生を変えてしまった父母に苦言を投げつけたい、妹や弟の顔を見てみたい、、与助にも逢ってみたいーーー今更何になろう。

「戻りますーーー」
「エッ」

車夫は合点がいかず、このまま戻るんですかーーー」
と聞きなおした。

車上のおこまは、過ぎ去る景色をうつろな目で見ながら、不条理な我が身の半生を想いだしていた。
何でこのようなことになったのか、不運か、幸運か。

不運と言えば、この地、この時代に生まれた事。
幸運と言えば、見知らぬ異国の地に連れて行かれ、娼館で死んで逝った多くの女達の中で、一人日本の地に戻れた事と言える。


「子守唄」

長い鎖国の後、国を挙げての西欧化の空気も西海の偏狭の地には届かす゛、ここ畦刈の百姓は変わることなく、苦しく貧しかった。
僅かな棚田に米麦を植え、目の前の海で魚を取り糊口をしのぐ。

おこまは小作六兵衛とおときの長女として生まれ、今年十四になる。
ヒョロリとしたきしゃな体つきではあるが年とともに色白の目鼻立ちのすっきりした少女に成長した。

貧乏人の何とかやらで、おこまの下にはぶどうの房のように、まだ5人もの妹・弟達が連なっていた。
庄屋の伝兵衛のとこには通いの下働きに来てもう三年になる。

いつものように庄屋の長男伊助の子を背に、デンデン太鼓をカロン・カロンと鳴らしながら海岸を歩いた。

  ♪ おどみゃ島原の  おどみゃ島原の 梨の木育ちよ
    何の梨やら    何の梨やら   色気無しばよ  しょんがいな
    
    早よねろ泣かんで オロロンバイ
    鬼ん池の     久助どんの   連れんこらるバイ


自分でもいつ覚えたものか、意味も解らず今日も唄って背中の子供をあやしていた。
恐ろしい意味のこの唄が理解できたのは一年もの後のことであった。


「まむし」

七月の田の草取りはきつい、子守の合間におこまは言われるまま田の草取りに出た。

「きゃーー」
おこまは田んぼの隅で手を押さえ座りこんだ。

「どがんしたとかーー」
一枚上の田で草取りしていた与助が飛んできた。

与助は庄屋の次男で今年十八になる。
「アレーーアレーー」
おこまが震えながら指差す方を見ると、稲の中をずんぐりした茶褐色のへびが体をくねらせながら逃げて行く

「マムシじゃ、ヘビは後じゃ」
与助はおこまの手甲をむしりとるように外すと、ヘビの噛みついた二本の歯形に自分の口を当てた。

「チュー・ペッ、チューペッ、チュー・ペッ」
おこまの傷口から何度も何度も毒を吸い出した、そして腰の手ぬぐいを引き裂き肱を縛った。

おこまは気の遠くなるのをかすかに覚えていた。
与助はおこまを背負うと棚田の急な坂道を走り下った。

「おばさん、早よ布団敷いてくれ」

与助の背中で青い顔してぐったりしているおこまを見た母親のおときは、一瞬何が起きたか理解できず
「どうしたんかいーー」と固まったままであった。

「田んぼでマムシに噛まれた」
「後ドクダミで毒を吸い出してくれ」

その夜一晩中熱にうなされたおこま、夢かうつつか、昼か夜か、もうろうとした時を過ごした。
ふわふわした雲の上にいるような気分の中で

「おこまー おこまー しっかりせいーーー」
「チューペッ・チューペッ」と必死に吸い付く与助の口、ふわふわした与助の背が心地よく、いつまでもこのまま続いて欲しいとさえ思った。

「おこまーおこまー」
ああも少しこのままでいたい、日頃の疲れもあってか意識も中途半端なまま目を開けた。

顔の真上に与助の顔があった。
「良かったもう大丈夫やろ」と本当に安心した顔になった。

マムシのこと以来、おこまの心の中で何かが変化した。
「おこま、今日は田の草取りじゃ」

庄屋 伝兵衛の無表情な言いつけも今日は何となく嬉しかった。
与助は黙って草取り用の押し車を二本と鎌を持ち、小屋を出た。

棚田への坂道を登りながら 「おこま、田の中や草むらにいきなり手を突っ込むな」
後ろを着いてくるおこまに言った。

「うん・」おこまは小さく返事した。
この前のこともあり、田んぼに行くのは怖い気持ちもあるが、こうして与助と二人しての草取りは楽しかった。


「鳴子峠」

おこまが庄屋の仕事から帰ると、そこには見知らぬ五十がらみの目つきの悪い男がいた。

 「口之津は今おお賑わいじゃ、何せ手当ても良いしな、この村でいくら奉公しても金にはならん、作次郎んとこのおみつも行く、どうかなお前さんとこも?」

どう見ても人相の悪い男は言った。
「今日の今、返事は出来んやろ、明日また来るでな」と帰って行った。

「おっかさん何のこと、おみっちゃんも行くって」
「後で父ちゃんからーー」

母親のおときは自分の考えも定まらぬうちからおこまに聞かれ狼狽した。

火も無い囲炉裏に座った六兵衛は 
 「のお、おこま、家はこのとおり貧乏じゃ、庄屋さんの手伝い位ではやっていけん、口之津によか仕事があるそうじゃ、給金もよか、家を助けてくれんか?」

おこまにとって今の働きが何であるかも解らず、庄屋んとこへ行けと言われて行っているだけ、十四の娘に給金の良し悪しが解る訳も無く、おこまはただ黙ってうなずく他なかった。

三日後、大きな風呂敷を背に家の戸口を出た、妹のさよは異様な雰囲気に事の重大さを感じ「姉ちゃん」と言って泣き出した。
これにつられるように小さい弟、妹達が泣き出した。

おときは自分の首に下げていたクルスをおこまの首にかけてやりながら「体に気を付けてな」ーーと言って目頭を拭いた。
父親は出てこなかった。

いつものことと、仕事紹介業を自称する久助は「もうそろそろそれ位で」と出発を急かせた。
仕事紹介業とは名ばかり、生来が情けを知らぬ久助、「生木を引き裂き金に替えるが俺の仕事」とおこま達の別れも気にも留めず出発したのである。

もともと今回の紹介は本来の仕事の前段であり、村々のどこにどのような娘がいるかの情報把握であった。

鳴子峠に来た時、おこまとおみつは黙って後ろを振り返った、畦刈の家々がおもちゃのように見えていた、あれが自分の家、あれがこれまで働いた庄屋の、いや、与助の家。

家を出る時気丈にも泣かなかったおこまの両目から涙がこぼれ落ちた。
与助さん私のこと知っとるんだろうか?


                                            つづく





































    
                                     
14:16 未分類 | コメント(0) | トラックバック(1)

パワーを頂きました

2012/06/22
先日、ボクシングの世界タイトルマッチがありました。井岡VS八重樫の二人の世界チャンピオンの統一戦だったのですが、本当にいい試合でした
テレビから二人の気迫が伝わってきて、鳥肌がたちました
自分はボクシングが大好きで、今の世代は、『はじめの一歩』だと思うのですが、私はなんといっても、『がんばれ元気』です
漫画は全巻コンプリートし、人生のバイブルとなっているくらいです
そのくらいボクシングが好きな縁で、以前、東京で生活している時には、よく後楽園ホールにボクシングの試合を観に行ってました。当時、深夜3時くらいにダイヤモンド・グローブという日本ボクシングの深夜放送があっていたのですが、家に帰って、テレビを点けると、なんと、そこには、立ち上がって、奇声をあげ、拳を突き上げて応援している自分の姿がよく映っておりまして、を見て、そこに映る自分の姿に思わず、“ドン引き”していました
今思い返すと、懐かしい想い出です
という訳で、二人から貰ったパワーでこの夏を乗り切ります!
ありがとー
i課長でした。
19:13 小説 | コメント(0) | トラックバック(0)

2012/06/20
この間久しぶりに仲の良い友人何人かに会いました!
その友人たちは、幼稚園の先生や歯科衛生士や医療事務などの
仕事しています。
みんな仕事を始めたばかりで大変だけれども、
すごく頑張っていて私ももっと頑張らないとと
とても刺激を受けました!

六月から提灯の展示が行われています。
私は提灯を組み立てたりこんな多くの提灯を
見たことがなかったのでとても勉強になっています。
まだまだ提灯の知識は多くはないけれども、
先輩たちやいろんな人に教えてもらいながら
提灯のことを知り、販売が出来るようになりたいと思っています。
22:10 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)

GG大会

2012/06/20
5月のある一日、、、。

晴天の中、グラウンドゴルフ大会がありました。




わが社で、チョびっとですが、協賛させて頂きました





拍手喝采





やまお賞の、お花も喜んで頂きました。
11:07 会社 | コメント(0) | トラックバック(1)

コメントありがとうございます。

2012/06/19


山口出身の私は、普通に棒ジュースと呼んでました。

娘は、チュッチュボンと言ってました。

地方で、呼び名がちがうようです。

その他、呼び名が違うけど、ポピュラーなもの

何かご存知ですか?
18:34 個人 | コメント(0) | トラックバック(1)

これは、、、。

2012/06/19
みなさま

こんばんは



突然ですが、これ、

なぁんだ。



地域によって、呼び名がちがうようです。
00:40 個人 | コメント(3) | トラックバック(1)

初盆会初日(^-^)

2012/06/16
初盆会初日です。

焼杉台の生花を入口に展示してます。

華やかです(^-^)






最近は、暑さで花が長持ちしないとの理由で、胡蝶蘭は人気ですね。








間取りの関係で、小ぶりでお洒落な提灯をと、お探しの方が増えてきました。








今年の新商品。

スイカの香りがするローソク



みてるだけで、涼しい~ですね
17:54 会社 | コメント(0) | トラックバック(1)

初盆会準備中

2012/06/15
梅雨入りし、ジメジメした日が続いていますね。
蒸し暑かったり、夜になると寒かったり…。

皆様、体調管理には十分お気をつけ下さい。


さて
16日、17日は初盆会が行われます。

初盆祭壇、提灯、生花が展示されますので、お考えになってある方は
どうぞこの機会にご来場下さいませ。


只今セッティング中です。







16:02 会社 | コメント(0) | トラックバック(1)

頑張るぞー

2012/06/14
今日はお通夜のお世話でした。家族の亡き人に対する想いをお聞きすると、やはり、胸が熱くなったり、苦しくなったりします。明日は葬儀です!しっかり担当させていただきます!
気合いを入れる為?お通夜の後、髪を切りに行きました!自分の行ってる美容室10時までやってます、こういう仕事をしていると本当に助かりますいよいよ、夏本番です
スッキリして頑張るぞ
23:59 小説 | コメント(0) | トラックバック(1)

志摩のチョイ先

2012/06/10

海の季節になりましたね

先日、今年初☆の海に行ってきました


天気は良好海水浴日和

息子よ
父ちゃんは泳ぐよ


ワカメ取ったど~


しかし、海はイイですね~
こんな歌もあるじゃないですか

海よ俺の海よ 大きなその愛よ
男の想いをその胸に抱きとめて
あしたの希望を
俺たちに くれるのだ

熱いゼ雄三さん

息子よその背中にあしたの希望が
見えてるぜ♪(´ε` )


追伸この日は紫外線が強かった為
背中がアツカトデス(涙)

メラニンF本でした(=´∀`)人(´∀`=)
22:53 個人 | コメント(0) | トラックバック(0)

お散歩

2012/06/09
家の息子犬の散歩が出来るようになりました

      P1000021.jpg

仲良く見える二人ですが実は・・・・・

      th[8]

息子の事をあまり好きではないんです
そりゃ~そうですよね~いつも追いかけまわしてひっぱりまわしてたら

      th[4]

もうちょっと大きくなったら、いっぱい可愛がってね息子

生花部 はらだでした




16:49 個人 | コメント(0) | トラックバック(1)

じいちゃん頑張るよ!

2012/06/08
息子。

お盆にレギュラーになって、おじいちゃんに、
グローブ買ってもらう約束してました。

だから、長生きしてね、って手紙もかきました。

その時は、爆笑してました。


しかし、新チーム発足前に、旅立ってしまいました。

じいちゃん頑張るよって、手紙を柩にいれました。

そんな、一部始終を見てた、婆ちゃんから、プレゼントされました。







そんな、気持ちの一杯つまったグローブです。


見えるかな?


自分の名前じゃなく、じいちゃんの名前を
マッキーで書いてた息子


息子よ!じーちゃんみたいに、強く勝ち取れ!

自分のポジション。

それは、試合に出ることだけじゃなく、

必要とされるという、ベスポジ



よね。 じいちゃん
21:50 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)

たえちゃんの簡単レシピ~豚焼売~

2012/06/06
皆様大変長らくお待たせ致しました



たえちゃんの簡単レシピ始まります



今回も簡単過ぎてゴメンなさい

でも~食卓のメインメニューになる料理を紹介したいと思います




『たえちゃんの豚焼売』


材料

豚ミンチ 300グラム
玉葱 1個
椎茸 2枚
生姜チューブ 大さじ半 焼売皮 30枚



調味料

片栗粉 大1
酒 大1
胡麻油 大1
醤油 大半分
砂糖 大半分
塩、胡椒 少々

準備するものは以上です


あとはホント~に簡単過ぎですょ

1、玉葱、椎茸をみじん切りにします
(フードプロセッサーがあれば包丁使わなくて作れます)

2、ボールに全部入れて下さい

3、皮に具を包みます
包み方は手でOKサイン を作り、皮を乗せます 割り箸の上で具を取り



手の穴に押し込める


子供達にも楽しんで出来ますよ

蒸し器があればクッキングシート又はキャベツ等の上に間隔を置いて強火で10分位で完成





蒸し器が無い私の家ではフライパン中央に小皿を置いて大きなお皿を上に置いて蒸しました(笑)


辛子とポン酢と食べて見ては


週末に、家族で焼売パーティなんて

いかがでしょうか~


つくレポお待ちしてます
21:30 簡単レシピ | コメント(0) | トラックバック(0)

はじめまして

2012/06/04
 皆様、こんばんは。一ヶ月程前に「やまお」に入社しました篠田と申します。
以前は大分の自然に囲まれた山の中の町で葬儀の仕事をしておりましたが、福岡への憧れが捨てきれず・・・山を下りました。                                              しかし、同業種といえど場所が違えば仕事の内容・やり方は全く異なり、加えて人の多さ、車の多さ、慣れない環境に戸惑う毎日ですが・・決して諦めず、私を拾って下さった会社、そして地域の皆様に貢献できる人間を目指したいと思います。                                           まだ文字通り右も左もわからない私ですが、上司・先輩のご指導のもと精一杯頑張っていきたいとおもいます。皆様よろしくおねがいします。
20:09 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0)

初体験!!\(◎o◎)/!

2012/06/01
まだまだ、バス釣りも、おぼつかないまま、、、

お友達の K平君 のパパ  に連れてっていただき、

海釣り  デビューしました・・・息子のT成。

見事

鯵・鱚・黒鯛・・・




息子  の初めての海釣り結果です

ちっちゃいのが、イッパーイでしたが、ガンバってさばき 

唐揚げに・・・ 

まるで、 獲ったどー  の、世界でした 

ちなみに、これよりチッチャイ 鰯  軍団も、油で揚げられ、とっても美味しい

おつまみ~でしたが

ビジュアル的には、・・・でしたので、省略・・・

                          K グチ  でした
23:57 個人 | コメント(0) | トラックバック(1)
 | HOME | 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。